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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1085号 判決

控訴人 須坂港運株式会社

右代表者代表取締役 須坂暹

右訴訟代理人弁護士 橋本和夫

被控訴人 日本道路公団

右代表者総裁 前田光嘉

右指定代理人 増山宏

同 貫洞征功

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し金一、〇四六、〇〇〇円および内金九二六、〇〇〇円に対する昭和四五年五月二三日以降、内金一二〇、〇〇〇円に対する同年八月二九日以降右各完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は、左記に付加するほか、原判決の事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する(但し、原判決書第四枚裏第一一行目の「経る」とあるを「至る」と訂正する。)。

一  控訴人の陳述

(一)  高速道路の運行に際しては、些細な管理の欠点或は間隙が大きな事故をもたらすことは、今日の我々の経験則から明らかである。

従って、現在の科学を充分に駆使し得たならば、安全管理ができたであろうと考えられる場合は、被控訴人の内規が、不十分であったといわざるを得ず、従って、被控訴人の道路の管理に瑕疵があったということになる。

(二)  被控訴人の内規による道路の安全管理は原判決が、理由三の(一)ないし(四)に認定したとおりである。

しかし、道路上の落下物等の発見告知があった後の除去については、通信連絡、その他の者の協力によって、通行車にこれを素早く知らせる管理体制は採られているが、落下物を発見する事自体についての充分な管理体制は採られていない。

(三)  ≪証拠省略≫によると、交通量は普通一時間に千台位、本件事故時は一分間に八台位の通行量であるというのであるから、本件事故から二〇分前に公団職員が通過しただけでは、その間一六〇台位の車輛が通行している事になり、その間落下物があれば重大な事故を起しかねない事は明らかである。≪証拠省略≫によれば、事故等が発生した場合の通信連絡除去等については充分な管理体制であるといえるが、落下物等の発見自体については、巡回の各間隙は第三者の通報に待つ以外ない事は、管理が充分とはいえない。

(四)  事故の発生後の救急措置よりも、これを未然に防止する管理体制をとることが本当の道路管理者の義務であり、本件の高速車道通行契約の内容であるといわなければならない。

今被控訴人は、交通整理に必要な情報の収集、分析、伝達指令を東京管理所が一元的に行なう体制はとりながら、落下物等の早急な発見については、道路上の要所にテレビカメラ等をおき、これを通信により直ちに発見できるような装置を附設して、危険の発生を未然に防止し得る予算、技術を有しているにも拘らずこれを採らなかった事は、義務違反であり、道路の管理に瑕疵があったものといわなければならない。

(五)  仮に控訴人主張の通行契約上の義務が認められないとすれば、被控訴人の道路管理に瑕疵があったために、控訴人主張のような態様により、控訴人が損害を被ったものであるから、被控訴人は控訴人に対し国家賠償法第二条第一項の無過失責任により損害を賠償する義務がある。

二  被控訴人の陳述

控訴人は、被控訴人は本件道路の要所にテレビカメラ等を置き障害物があればその存在を直ちに発見できるような装置を附設して危険の発生を未然に防止すべきであったと主張する。

被控訴人は、道路管理者として、道路を常時良好な状態に保つよう努める義務があるから、もし、テレビ等の設置により、障害物の発見について、巡回よりも大きな効果を期待できるならば、被控訴人としても、もとよりそのような装置を附設することに躊躇する理由はない。然し遺憾ながら、テレビを本件道路の要所に設置しても左記の理由により障害物の発見について大きな効果を期待できず、また他に、巡回よりもより有効な方法は現在のところ見当らないのである。

1  被控訴人高速道路東京第一管理局においては、交通管制のため、首都高速道路三号線と、東名高速道路との接続地上に三基のテレビカメラを設置しているので、そのうちの一基を用いて本件事故の原因となったタイヤつり止金具(長さ二四センチメートル・巾一五センチメートル・高さ一二センチメートル)とほぼ同程度の物体についての発見能力がどの程度あるかについて実験を行ったところ、該物体の視認状況は次のとおりであった。

テレビカメラよりの位置

レンズの焦点距離を

二五ミリにした場合

レンズの焦点距離を

一〇〇ミリにした場合

一〇〇メートル先の路上

確認不可能

同上

五〇メートル先の路上

同右

しみの点のようにみえる

三〇メートル先の路上

何か物体があると分るが

はっきり確認できない

物体を確認できる

二〇メートル先の路上

何か物体があると分かる

物体をはっきり確認できる

なお、右実験に用いたテレビは、東芝PL4Cである。また、テレビの物体を確認する能力は、レンズの明るさおよび解像度と、受像機の水平解像能力によって決まるが、右テレビの能力はいずれも良性能のものである。

右実験の結果によれば、本件事故の原因となった金具大の落下物の場合、その視認距離は約三〇メートルにすぎず、同じ物を肉眼でみた場合約八〇メートル先まで確認できたから、テレビの視認能力は肉眼の半分以下ということになる。

2  しかも、右実験は晴天の日の昼間行われたものであるが、夜間においては、カメラのレンズは肉眼より暗いうえ、対向車のヘッドライトが入ってくるため、該物体を視認することは殆ど不可能であり、また、雨天や霧の多い日も、視認能力は極端に悪くなるから、この意味で致命的な欠陥があるといわざるを得ない。

3  さらに、交通量の多い場合には、該物体が車の陰になり発見は非常に困難となる。

4  以上のとおり、テレビの障害物発見能力には大きな限界があり、現在行われている巡回以上の効果を期待することは到底できない。ちなみに、アメリカ、イタリア、西ドイツ等高速道路の発達した諸外国においても、テレビは交通管制のみに用いられているにとどまり、路上落下物の発見についてテレビを設置している例はない。

5  テレビの障害物発見能力が著しく劣ることは前述のとおりであるが、仮に、被控訴人高速道路東京第一管理局の担当区域である東名高速道路二五一キロメートルの本線上にテレビカメラを設置するとしてその費用を概算してみると、テレビは、カメラ・受像機等一式約四〇〇万円であるところ、その視認距離は約三〇メートルにすぎないから、片側車線上に約八三三三台、両側車線では約一六六六六台必要となるから、結局六六六億六四〇〇万円かかることになる。また、右のように、多数のテレビ受像機を監視するための人員の確保、それに伴う人件費等も相当巨額にのぼることが予想される。

テレビの障害物発見能力が前記のようなものであることを考えれば、右のように巨額な費用を支出することは社会通念上無意味なものというほかはない。

三  立証関係≪省略≫

理由

一  本件交通事故の態様、その発生の状況および東名高速道路の管理者については、当裁判所の認定判断も原判決のこの点に関する理由一および二における説示と同様であるから、ここに原判決書第七枚表第二行目より同第八枚裏第七行目までの記載部分を引用する。

二  進んで、本件交通事故の責任原因について判断する。

1  控訴人は、被控訴人が本件東名高速道路に関する通行契約上負うべき該道路の安全管理義務について債務不履行があった旨主張するので、この点につき検討するに、本件東名高速道路は国土開発幹線自動車道建設法、高速自動車国道法、道路整備特別措置法等の関連諸法規に基づき建設された高速自動車国道であって、その道路管理者は建設大臣と定められているが(高速自動車国道法六条)、建設大臣は、被控訴人日本道路公団をして高速自動車国道の新設または改築を行わせ、料金を徴収させることができ(道路整備特別措置法二条の二)、この場合において被控訴人は当該道路の維持、修繕および災害復旧を行うものとし(同法四条)、道路管理者たる建設大臣に代って同法六条の二所定の権限を行使するものとされている。そして被控訴人が同法に基づいてした処分その他公権力の行使に当たる行為(区間を定めてなす通行の禁止または制限等道路管理上の処分を含む。)に不服がある者は、建設大臣に対して行政不服審査法による審査請求をすることができるものと定められている(同法二九条)。のみならず、控訴人が本件東名高速道路の使用を高速道路通行契約に基づくものとする根拠たる料金の徴収については、料金の額は高速自動車国道の新設、改築その他の管理に要する費用で政令で定めるものを償うものであり、かつ、公正妥当なものでなければならないとされ、その徴収期間も定められており(同法一一条、一四条)、自動車道事業につき使用料金が適正な原価を償い、かつ適正な利潤を含むものであって(道路運送法六一条)その徴収期間の存しないのと異なるところであり、しかも被控訴人による右料金の徴収については国税滞納処分の例により強制徴収をすることができる旨定められている(道路整備特別措置法二五条、道路法七三条一項ないし三項)。これによってみれば、被控訴人の徴収する料金は、自動車道事業者の徴収する使用料金が私道たる当該自動車道使用の対価であるとみられるのに対し、税金類似の負担金と解されるのである。

以上のごとく、高速自動車国道(本件については東名高速道路)の建設、管理等に関する法的根拠、法的規制は、道路運送法による自動車道事業のそれとは全く別であって、前者の利用関係は公法上の法律関係であり、公共用物の自由使用と解するのが相当である。

よって、本件東名高速道路の使用が被控訴人との通行契約に基づくものであることを前提とする控訴人の債務不履行による損害賠償請求は、その余の点の判断をまつまでもなく主張自体失当として排斥を免がれないところである。

2  進んで控訴人主張にかかる、被控訴人の工作物管理上の瑕疵に関する主張について検討する。

(一)  被控訴人の東名高速道路の安全管理(道路の危険防止特に落下物等障害物の排除)の体制ないし本件交通事故発生当時における道路管理の実状については、原判決理由中、この点に関する説示(原判決書第一〇枚表第一〇行目より同第一二枚表第一一行目までの記載部分)は、原判決書第一二枚表第一一行目の「同四六分通報された。」とある部分の次に左記のとおり付加するほか、相当であるから、ここにこれを引用する。

「そして現場付近の交通量は本件交通事故発生当時においては一時間当り約五〇〇台程度であり、袋井道路維持事務所管内における走行車線上の落下物は、巡回による報告、一般車の通報によるものを合せて週に二、三件という程度であって、落下物が交通事故の起因となったような事例は極めて僅少であった。」

(二)  右認定事実によれば、被控訴人の内規およびこれに基づく袋井道路維持事務所における被控訴人の道路管理体制は、現場付近における交通量、落下物ないしこれによる事故発生の頻度等を勘案すれば、本件交通事故発生当時において特に不十分な点ないし瑕疵があったものとは認められない。

しかも、本件交通事故は、被控訴人の職員が落下物等異状を発見することなく現場を通過した後の約二〇分の間に発生したものである点を考慮すると、一般車から落下物の通報でもあれば格別、右通報があったものと認められない本件においては、被控訴人にとって本件障害物の排除は実際上不可能であったとみるほかはない。

なお、控訴人は、被控訴人の道路管理につきテレビカメラを使用して障害物の発見・排除に万全を期すべきである旨を主張するが、≪証拠省略≫によれば、本件交通事故の原因となったタイヤの皿状釣止め金具大の落下物の場合、テレビカメラによる視認距離は約三〇メートルにすぎず、肉眼による場合の半分以下の能力であり、これを被控訴人高速道路東京第一管理局の担当区域である東名高速道路二五一キロメートルにつき両側に三〇メートルごとに設置するとすれば尨大な物的・人的施設を必要とする反面、テレビカメラをもってしても夜間はもとより天候のいかんにより、あるいは通行車輛のかげになったりなどして障害物の発見に実効を期待し得ないものであることを認めることができるので、控訴人のこの点に関する主張も採用できない。

以上の次第で、控訴人の道路管理上の瑕疵に関する主張は理由なしとせざるを得ない。

三  よって控訴人の本訴請求は、その余の点の判断をまつまでもなく失当としてこれを棄却すべく、当裁判所の右判断と同趣旨に出た原判決は相当であるから本件控訴を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 久利馨 裁判官 井口源一郎 舘忠彦)

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